連理の塔 2604 -宵の山城-

「山城」は「扶桑」型戦艦の2番艦として建造された、2隻目の国産超ド級戦艦です。大東亜戦争中期まで、姉妹艦の「扶桑」と共に瀬戸内海の柱島泊地を拠点に砲術学校の練習艦として使用されました。厳しい教練がなされ、『鬼の山城』と新兵たちに畏れられました。その後、ミッドウェイ海戦での大敗により戦局が悪化したことを受け、電探を新たに装備し、対空武装を強化した上で戦線へと引き戻されることになりました。昭和19(1944)年10月25日未明、西村祥治中将率いる艦隊の旗艦となった「山城」は、姉妹艦「扶桑」や重巡「最上」、駆逐艦4隻と共にアメリカ艦隊が集結するレイテ湾へ向かってスリガオ海峡へ突入しました。そこで繰り広げられた壮絶な夜戦で集中砲火を浴び、沈没しました。生存者は極めて少なく、その凄絶な戦闘の実態は今に至るまであまり語られていません。

作品仕様

制作年: 平成27年
技法: 鉛筆画
サイズ: 455×652mm(M15)
所蔵: 石清水八幡宮 所蔵